小さな力かもしれない…でも、忘れない! ~「南三陸町応援ボランティア・ワークキャンプ」

防災対策庁舎前で話を聞く

 2015.9.19(土)-20(日) ボランティア東北ファミリアさんの協力でJAFS関東の主催する「南三陸町応援ボランティアワークキャンプ」を開催しました。

ワークキャンプの概要: 南三陸町歌津地区へ

 JAFSが、震災直後から、炊き出し・生活物資配布・直売所の設営等々、様々な支援活動をさせていただいた南三陸町の歌津地区を訪ね、地元で必要とされている作業のお手伝い(ワーク)等をさせていただき、交流を深めました。

ビニールハウスの移設作業をお手伝いビニールハウスの移設作業をお手伝い

 ◇期間: 2015年9月19日(土) – 20日(日)
 ◇開催場所: 宮城県 本吉郡 南三陸町 歌津地区,他
 ◇参加者: 11名 (関東から6名、関西から5名)

【1日目】:
 ・「みなさん館」で地元の食材を使ったバーベキュー
 ・震災遺構の見学
   南三陸町防災対策庁舎
   歌津大橋落橋場所
   管の浜防潮堤完成場所
   気仙沼向洋高校
 ・宿泊場所(平成の森)にて、NPO法人「夢未来南三陸」小野寺寛さんのお話
   震災時のDVD上映
   地域の活性化に向けた活動について
【2日目】:
 ・地元農家のお宅にて
   ビニールハウスの解体・移設作業のお手伝い
 ・「みなさん館」でのお買い物
 ・帰路途中で震災遺構の見学 石巻市大川小学校跡

みなさん館でお買い物 ハウスの移設もお手伝い

みなさん館の前で記念写真(みなさん館の前で記念写真)

みなさん館でお買い物(みなさん館でお買い物)
港親義会館(震災直後に炊き出しをさせていただいた「港親義会館」)

 JAFSも設立に関わった「南三陸直売所・みなさん館」に到着。ホタテやイカ、サンマなど地元の新鮮な食材を使ったバーベキューをいただき、まだ着いたばかりなのに、お土産の買い物も沢山してしまいました。震災直後に炊き出しをした港親義会館に行き、新しくなった建物の前で、記念撮影。
 

移設のお手伝いをしたビニールハウス(移設のお手伝いをしたビニールハウス)

ビニールハウスの解体:接合部を分解(ビニールハウスの骨踏みの接合部を取り外し)
ビニールハウスの解体:部品は再利用(移設のため部品は再利用します)
ビニールハウスの解体:最後の一本(最後の一本!)
ビニールハウスの解体:移設のためポールを集積(移設のためポールを集積、軽トラで移設先へ)

 そして本来のワークは、地元農家のビニールハウス移設のお手伝い。奥行き50m近い大型のビニールハウスを解体し、部材の一部を他の場所に運んで再び組み立てる作業。ポールを固定している接合部の部品をハンマーでたたいて外し、地面に深く打ち込まれたアーチ状の支柱を、二人で協力し一本一本引き抜いていきました。側面の壁を固定していた支柱が粘土質の地面に深く打ち込まれていて、引き抜くのに大苦戦。結局3本を遺して時間切れになってしまったのが心残りでした。農家のご主人は、「後は、自分たちでやるからいいよ」といってくださったのですが、、。力を出し切った休憩時間に、ご主人がおごって下さったアイスクリームが、格別でした(^^)

震災遺構の見学、4年を経た今

防災対策庁舎跡で(防災対策庁舎跡で)

 震災遺構の見学では、防災対策庁舎前で、NPO法人「夢未来南三陸」の小野寺寛さんから、説明をお聴きしました。「南三陸町は多くの町民や職員を失ってしまったが、東京や大阪の人たちも将来の地震に備え、この失敗を教訓にしてほしい。私たちは先人の知恵や、かつて海だったことを地名が示している事実も生かせなかった。」と、無念さを込めて語って下さったことが、心に残りました。

歌津大橋の落橋現場(歌津大橋の落橋現場)

歌津大橋の切断面(津波による歌津大橋の切断面)
建設が進む防潮堤(建設が進む防潮堤)

 津波の凄まじい力を物語る「歌津大橋」の落橋現場を見学。その夜、記録DVDで、実際にその橋と伊里前の町が津波に呑まれ無残に破壊されていく様子を見ました。消えかかっていた震災の記憶が、実際の現場と重なるように呼び戻されました。

 今その町は、かさ上げ工事が進み、かつての伊里前とは大きく変わってしまっていました。

 高台の造成工事も進み、少しずつ住民の移転が始まっていますが、仮設住宅を出られない(移転の費用を負担できない)方々が沢山居らっしゃるとのことです。今も6割の方が仮設住宅を出られないままです。
 東京オリンピックで見込まれる建設費の高騰や人手不足も、復興にとっては大きな障害になってしまいそうです。

「平成の森」の仮設住宅(「平成の森」の仮設住宅。6割の方が、まだ暮らしています。)

平成の森仮設住宅の皆さんのメッセージ(平成の森仮設住宅の皆さんのメッセージ)
高台の造成工事(住居の移転先として進む高台の造成工事)

 東京では、日々報道されることも少ないのが現実ですが、復興には、まだ何年もかかります。それまで、地域の活力を維持していくことは並大抵の努力ではありません。そういう状況の中で、ボランティアの人たちの力は、1つ1つは小さなことでも、地元の方々の大きな心の支えになっています。私たちがこの地ですべきことは、まだ沢山あり、この地から持ち帰って、伝えなければならないことも沢山あると知りました。

私たちにできること

漁業をお手伝いするボランティア(漁業をお手伝いするボランティア)

みなさん館の前で、小野寺さん、小野館長と(みなさん館の前で、小野寺さん、小野館長と)
お見送りいただいて、帰路へ(お見送りいただいて、帰路へ)

 宿泊場所の「平成の森」で、地域の活性化への取り組みについて、小野寺寛さんが聞かせてくださったお話を最後に紹介します。
 「都会の若い人たちが、ワカメ漁など農業・漁業の体験に、目を輝かせて取組んでくれる。都会に無い大切なものが、自分達の暮らしや農作業・漁の中にある。それまで、漁業はつまらないと地元の若い子たちは思っていた。メカブも売れるとは思わずこれまでは捨てていた…。 が、そうでは無かった。
 都会の人たちに刺激を受け、自信を取り戻し、それが地域活性化への重要な視点になっている。この取り組みをこれからも広げて行きたい」。

 現地との交流と、それを周りに広げていくこと。それが今自分達にできるいちばんの事なのかもしれません。
 わずかな力ですが、東北を応援している沢山の人たちと一緒に、これからも多くの人をここに繋いでいく役に立てれば思います。

(JAFS会員 川崎)


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